2010年8月27日金曜日

秋葉原のミリタリーショップ。


立爪坂から蔵前橋通りに出て末広町方面に歩き出す。末広町と言えばもうここは秋葉原だ。秋葉原の路地を覗くと相変わらず沢山の人を認める事が出来る。昔の秋葉原は冷蔵庫や洗濯機等の白物家電販売が中心の街だった。その後はパソコン関係の店が多く出展し、ドンキホーテやヨドバシAKIBAの出展で更に街は変化している様だ。また今はメイド喫茶やフィギアショップ等も増え新たな秋葉原文化を生み出している様にも見える。そういえば10年程前は夜の7時、8時となれば人通りは極端に少なくなっていたが、今や10時でも11時でも人の数は変わらず、暫くすると眠らない街になってしまいそうだ。そんな事を考えながら歩いていると道向うのビルのベランダに戦士2名を発見した。どうも一人はこちらを双眼鏡で伺っている様子だ。「一瞬ドキッとする」こんな光景も昔の秋葉原には無かった。因にこの正体はミリタリーショップの看板(人寄せパンダ)の様でこの店はアメリカ軍だのドイツ軍だののミリタリーアクササリーを沢山売っているらしい。ただこの店には絶対入店しないだろうなと思いながら歩き出した。

2010年8月26日木曜日

立爪坂は地縛霊の居る階段?


妻恋神社の前の妻恋坂の中程を北に上がる短い坂が立爪坂と言う。名前は爪を立てて上がる坂という意味で、昔はけわしい坂であったと思われる。現在は坂の上と下の部分は石段になっている。また芥坂とも名づけられていて芥捨場が坂のそばにあったともいわれる。この坂に隣接して高層マンションが建っているがこのマンションの建築計画が持ち上がった時には近隣の住民からの反対運動が起こったのを記憶している。「高層マンション反対」や「ワンルームマンション反対」などの多くの看板が立ち並んでいたが、そんな中「ここは地縛霊が出る」と言う意味の看板もあった。地縛霊がいるから建築しない方が良いと言う事だと思うが、私にはその看板が珍しく興味をそそった。何度もこの階段を通っているけどまだ地縛霊に会った事は無い。

2010年8月25日水曜日

妻恋神社って良い名前。


イタリアンレストラン・サンターレを出て妻恋坂を左に折れると直ぐに妻恋神社がある。皆さん「妻恋神社」って良い名前だと思いませんか?因にこの妻恋神社の由来は、昔日本武尊が亡くなった妃を恋い慕いたもうたとの意を取って「妻恋明神」と号したとされています。またこの神社、夢枕で有名でもあります。夢枕とは枕の下に敷いて縁起の良い夢を見ようという縁起物の一つで妻恋神社の夢枕は江戸時代に使われていた版木から複製したとても目出たい「鶴亀」「宝船」絵柄だそうです。因にこの神社の所在地は神田明神と湯島天神の徒歩10分の丁度中間に位置します。だから毎年初詣はこの3つの神社の梯子となります。

2010年8月24日火曜日

妻恋坂のイタリアンは安くて美味しい。


湯島から妻恋坂を抜け秋葉原までは徒歩10分程だ。その途中、妻恋坂の手前にイタリアンの店「サルターレ」がある。このレストラン、妻恋坂の地名をとり私は妻恋坂のイタリアンと呼んでいる。確か5年程前にこの場所にオープンしたと記憶している。ただこの5年の内に沢山のファンが出来ていつも繁盛している。私もこの店の料理が好きで休みの日等には何回となく訪れた事がある。しかしいつも満席状態だ。昨日、この店の前を通ると珍しく席が空いている。迷わず即入店。このレストランは値段もそこそこで料理も美味い。そしてサービス(感じ)も良い。改めてメニューを見るとランチコースを見付けて、ちょっと贅沢に2980円成りのコースをオーダー。普通のランチコースと違い、魚料理は決まっていたが、前菜、パスタ、肉料理が幾つかの中からチョイスできる。連日30度を超える残暑が続いているので、喉に優しいトマトの冷製スープを最初にチョイス。「火照ったから身体がクールダウンしそうだ。美味い!」次にパスタと迷ったが何年振りかの「リゾット」を口に運ぶ。食べ放題と言う焼きたてのパンを口に頬張る。魚料理はスズキ、そして牛ステーキと続き、とてもランチメニューとは思えない内容だ。締めのコーヒーを飲みながら料理の余韻に浸る。思わずこの内容で「2980円は安い」呟いてしまった。写真は上から店の写真、私が食べた料理を順に紹介している。決してこの店から何ら宣伝料は貰っていないが、たまには奥様孝行に良いかもしれない。何せポケットにも優しい美味しい料理だから。

2010年8月23日月曜日

湯島のこだわりイタリアン。


湯島界隈には幾つかの美味しいレストランが在る。今まで紹介したのはフレンチ、天ぷら、うどんすき、蕎麦、魚料理と多種あるが、未紹介の店に昨年オープンして未だ訪れた事の無いイタリアンの『Cucina Italiana HARU』がある。ここのレストランは何回か予約無しで訪問し全て満席だったので今回は予約の上に友人3人と訪問する。住宅の中にぽつんと在るお店で、捜す目的が無ければ見つからない様な秘密のレストランと言う感じだ。お客さんの70%はコースでオーダーするとの事だったが今回は赤ワインとアラカルトで注文。「馬肉のカルパッチョ」や「白レバーのパテ」等を注文。オーナーシェフこだわりのしっかりとした味は逸品。日曜(休業日)以外は土曜でもランチメニューもあるとの事。お勧めします。(クッチーナ・イタリアーナ・ハル http://www12.ocn.ne.jp/~cucina-h/801.html)

2010年8月20日金曜日

向島散策の最後は生ビールで乾杯!


勝海舟像を見て歩き出すと辺りは大分薄暗くなってきていた。そう言えば墨田区役所の隣は、あの有名なウ◯コの様な造形物のあるアサヒビールのビルだった。暑い中を一日歩いた身体をクールダウンするのは冷たい生ビールが一番。今日の散策の終わりのご苦労さん会には最適の場所だ。隣接するビヤホール「吾妻橋」に入店する。運良く直ぐにテーブルにつく事が出来、冷たい生ビールを「ゴクゴク」と喉に流し込む。今日はめちゃくちゃ美味く感じる。空きっ腹だったので多めの料理をオーダー。運ばれて来たのが写真の料理だがどれも冷たいビールにピッタリ。店の外はもうすっかり暗くなっていた。

2010年8月19日木曜日

夕日の勝海舟像。


隅田公園を抜け浅草を目指す。前方に墨田区役所の立派なビルが見えて来た。「おやっ、何だあの像は?」と思い像に近づくとその正体は「勝海舟」だった。現在NHKの「龍馬伝」にも頻繁に登場しているが、この像は勝海舟が墨田区の本所生まれという事もあり、「勝海舟の功績を後世に残すために全身像を建てよう」のスローガンで「勝海舟の銅像を建てる会」と言う市民グループにより墨田区役所前のうるおい広場に建てられた。因に勝海舟さんは本名・勝驎太郎、幕末と明治の激動期に世界の中の日本の進路を洞察し、卓越した見識と献身的行動で海国日本の基礎を築き、坂本龍馬など多くの人材を育成した。西郷隆盛との会談で江戸城の無血開城をとりきめ江戸を戦禍から救い、今日の東京の発展と近代日本の礎を築いた人物なのです。像の前の夕日に照らされた墨田区役所のガラス窓に東京スカイツリーが映っている。流石の勝海舟さんも東京スカイツリー誕生までを予見していなかった筈。それにしてもこの勝海舟像なかなか美男子に出来ていました。

2010年8月18日水曜日

隅田公園の桜。


牛嶋神社と隅田公園はひとつの敷地にあると言っても過言ではない。牛嶋神社の境内を出るとそこは隅田公園だ。隅田公園は8代将軍・徳川吉宗が民衆にも花見が出来る様にと開放した場所で隅田川沿いにソメイヨシノ、シダレザクラ、サトザクラ、エドザクラなど700本以上が1キロにわたって咲く公園としても有名。昔の記憶(幼少の頃)で定かではないがこの公園の桜を見ながら隅田川で手漕ぎボートに乗った記憶がある。果たして流れのある隅田川に手漕ぎボート屋さんが在ったか怪しいが隅田公園には何回か遊びに来ていたのは事実だ。それにしても公園内は木々も豊富で池もあり下町のオアシスといったイメージでした。ここで昔からの疑問をひとつ。隅田公園や隅田川の『すみ』の字は『隅』で、墨田区の『すみ』の字は『墨』なのは何故でしょう?

2010年8月17日火曜日

牛嶋神社の撫で牛君。


見番通りを抜け言問橋東を左に折れ、隅田川を言問橋で渡ろうと歩いていると橋のたもとに古い石壁を見つける。石壁に沿って歩くと牛嶋神社を認めた。牛嶋神社は本所総鎮守として崇敬を集める立派な神社。慈覚大師が建立したと伝えられています。境内を歩くと大きな牛を見つける。因にこの牛さん、撫で牛と言って体の悪い部分をなで、牛の同じところをなでると病気がなおるというもの。何故か無意識に頭をなでていた。

2010年8月16日月曜日

「三囲神社」のライオン君。


見番通りを浅草方面に歩いている右手に大きな神社を発見した。神社の鳥居に「三囲神社」とある。みめぐり神社と読む。昔々この神社を建てる時、土中より古いつぼを発見する。これを開けると老翁の神像が出て来た。その時何処からともなく狐が出て来て像の周りを三度廻ったと言われ、それで「三囲神社」となった。因に隅田川七福神の「恵比寿」「大黒天」も奉られる。皆さん写真をよくご覧下さい。神社には違和感のあるライオンの像を見つける事が出来ると思います。実はこの境内のライオン君、池袋三越百貨店の前に設置されていた有名なライオン君だったのでした。同店の閉店に伴い三越に縁の深いこの「三囲神社」に移設されたのでした。それにしてもこのライオン君。現役時代は沢山のお客さんを迎えていましたがリタイア後は人数は少なくなりましたが参拝の人々を迎える事になりました。